ブロードウェイケアース設立

マイケル・ベネットは1987年にHIVで44歳という若さで亡くなりましたが、1980年中ごろはブロードウェイはHIVによって貴重な人材を次々に失って、かなり深刻な打撃を受けていました。

ブロードウェイ・ケアース・イクィティー・ファイツ・エイズ(Broadway Cares/Equity Fights AIDS、BC/EFA)は、アメリカのチャリティー団体・基金です。HIV / AIDS 患者の救済と、その研究支援を主な目的として、ブロードウェイのシアターコミュニティーが全員参加で活動しているのが大きな特徴の団体・基金です。

ブロードウェイケアース設立の背景

1980年代中頃、ブロードウェイはエイズによって貴重な人材を次々に失い、深刻な打撃を受けていました。

アメリカには国が運営する健康保険制度が日本と違ってありません。個人は雇用者が契約している保険会社の医療保険に加入するか、もしくは自前で高額の医療保険を購入するか、そのどちらかしか手段はありません。ウェイターなどをして、ギリギリの生活をしながらブロードウェイの狭き門をくぐろうと精進している若い舞台俳優にとっては、アメリカの医療保険に入るということは高嶺の花でした。そのためいざ病気になると満足な対処治療も受けることもできません。そして、1980年代はエイズがまだ「同性愛者特有の病気」という偏見が根強くあり、キリスト教は同性愛を罪としていることから、アメリカでの慈善活動の中核をなしていてる救世軍などキリスト教系チャリティー団体は、エイズ患者に手を差し伸べようとはしませんでした。

そのため、ブロードウェイの次世代を担うはずだった若く才能ある俳優たちが、1980年代どんどんエイズによって姿を消していきました。この事態は深刻を極めることになり、このままでは伝統芸を伝えることができなくなってしまうのではないか?!という危機にまで直面していました。

これはなんとかしなければならないという危機感と、なにか自分たちでできることはないかという責任感から、そこに立ち上がったのが、ブロードウェイで成功を収めていた先人たちでした。『ラカージュオフォール』を書いたハーヴィー・ファイアスタインや、『コーラスライン』や『ドリームガールズ』を書いたマイケル・ベネットたち中心となって、シアターコミュニティーから広く協賛者と募金を集めるかたちでいくつかの基金が設立されました。そしてこれらが徐々に統合されて、1988年に成立したのが Broadway Cares/Equity Fights AIDS (BC/EFA)です。

1990年代後半にはエイズに対するHAART療法が確立されました。これが医療保険の支払対象になると、BC/EFA は集めた募金をより幅広いエイズ関連機関にまわすことができるようになりました。20年間でBC/EFAが調達した募金は10億ドル (約1200億円) にものぼり、運営費を除いた全額を国内400以上のエイズ関連機関に寄贈、その規模はアメリカ有数の慈善団体となるまでに成長しています。

演劇が好きすぎてヤバイ人へ

ブロードウェイケアースの活動

BC/EFA のチャリティー活動は、ブロードウェイのシアターコミュニティーが全員参加で行うというのが、この団体の大きな特徴です。

募金活動

年二回、春と秋の二週間に、ブロードウェイは大規模な募金活動期間を迎えます。各劇場ではカーテンコールの最後に主演俳優が観客に向かって BC/EFA の趣旨と目的を説明する口上を述べて募金を呼びかけます。それまで「役上の人物」だった役者が、突然一人の「実在の個人」としてこうした呼びかけを行うことに、事情を知らない観客の多くは驚きます。そして驚くと同時に理解を示してくれます。その間に、他のキャストは出口に先回りして観客の退出を待ち構え、そこで募金をつのったり、チャリティーグッズの販売を行ったりします。

特別イベント

ブロードウェーでは毎年、各劇場に出演している現役俳優たちが音楽監督や振付師などと共同して、隠れた才能や美貌を披露する一夜限りの特別イベントが年に数回催されます。そうした中には Broadway Bares や Easter Bonnet Competitionといった、今や映画やテレビで活躍する大スターとなった元ブロードウェイ俳優たちが大勢ゲスト出演する名物イベントもあります。

憧れのブロードウェイ

グランドオークション

年に一度の大イベントが Flea Market And Grand Auction です。文字通りフリーマーケットとオークションのイベントで、毎年九月の最終日曜日にシューベルト・アレーという小路で開催されます。(Shubert Alley、Broadway と 9th Avenue に挟まれた 45th Street と 46th Street の間にある全長が50メートル程の小路です。ここがグランド・オークションの日には数万人でごった返します)

売りに出されたり競売にかけられたりするのは、下は各プロダクション関係の小物から、実際に舞台上で使われたお宝小道具など。オークションに出される上の方では、有名俳優とのディナーデートから、公演中のミュージカルに一晩端役で出演という凄いものまで、ピンからキリまであります。これは、裕福な支援者でも、演劇好きな学生でも、誰もが募金に参加できるよう配慮されているからです。

なかでも人気なのがサイン会と撮影会で、舞台はもとより、映画やテレビで活躍する俳優75〜80人が交代でこれを務めます。いずれも各自が募金者の目の前で、個人宛にサインをしてくれたり、募金者と一緒にお立ち台の上で記念撮影におさまってくれるのが売り物です。しかもいずれも募金額がお手頃な価格に設定されているだけではなく、第三者がお立ち台の上の俳優を好き勝手に撮影することもできるので、このコーナーは毎年黒山の人だかりとなります。

レッドリボン

今では、すっかりお馴染みとなっている「思いやりのレッドリボン」(Red Ribbon)ですが、その普及にも BC/EFA は一役買っています。1991年のトニー賞で、授賞式に出席する一部の関係者にこのリボンを襟につけて会場に入ってくれないかと働きかけたところ、これが口から口へと伝わり、当日は出席者のほとんどが胸に赤いリボンをかざして会場入りしました。そしてその模様が全米に生中継されたことから、レッドリボンの存在は一躍アメリカ中に知れ渡るようになりました。こうした経緯もあり、BC/EFA のロゴはこのレッドリボンをあしらったデザインとなっています。